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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)12781号 判決 1983年9月30日

原告 不二電子工業株式会社

右代表者代表取締役 宮本美幸

右訴訟代理人弁護士 猪瀬敏明

被告 株式会社 三菱銀行

右代表者代表取締役 山田春

右訴訟代理人弁護士 上野宏

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一八〇〇万円及びこれに対する昭和五三年六月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の講求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告の社員は、昭和五三年五月三一日、別紙小切手目録(一)記載の小切手(以下「小切手(一)」という)を持って、被告田町支店へ赴き、被告の社員に対し、左記の電信振込を依頼し、右小切手を渡した。

(1) 依頼人 原告

(2) 受取人 原告

(3) 先方銀行 第一勧業銀行松本支店

(4) 振込口座 当座預金 口座番号〇一〇七三〇二

(5) 金額 一五〇〇万円

(6) 電信区分 至急扱い

(二) 被告の社員は、小切手(一)の支払の可能性を確認し、その結果、右小切手が自店払小切手であり、その振出人伊藤嘉物産株式会社の当座預金から引落しができる支払可能のものであることを認め、これを現金とみなした。そして、右振込を受諾するとともに、小切手(一)が支払われることを確認し右小切手を現金として受領した旨の電信振込金領収証を原告の社員に交付した。

(三) 同日、右(一)記載の振込依頼の後、別の原告の社員が、別紙小切手目録(二)記載の小切手(以下「小切手(二)」という。)を持って、被告田町支店へ赴き、被告の社員に対し、左記の電信振込を依頼し、右小切手を渡した。

(1) 依頼人、受取人、先方銀行、振込口座、電信区分は右(一)記載の振込依頼と同じ。

(2) 金額 三〇〇万円

(四) 被告の社員は、小切手(二)の支払の可能性を確認し、その結果、右小切手も振出人伊藤嘉物産株式会社の当座預金から引落しができる支払可能のものであることを認め、これを現金とみなした。そして、右(三)記載の振込を受諾するとともに、小切手(二)が支払われることを確認し、右小切手を現金として受領した旨の電信振込金領収証を原告の社員に交付した。

(五) 原告は、同年六月一〇日到達の書面で、被告に対し、右の二件の振込送金をするよう催告した。

(六) 原告は、同月一七日、被告に対し、右振込送金委任契約を解除する旨の意思表示をした。

《以下事実省略》

理由

一  請求原因1の(一)及び(三)の事実は当事者間に争いがなく、これらの争いがない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。《証拠判断省略》

1  原告の社員である上条一雄(以下「上条」という。)は、昭和五三年五月三一日午前一一時ころ、小切手(一)を持って、被告田町支店へ赴き、同支店の窓口係であった安藤小文(以下「安藤」という。)に対し、電信振込依頼書と右小切手を渡して、請求原因1の(一)記載の電信振込を依頼したうえ、振込にどのくらいの時間がかかるのかを尋ねた。

被告は、本件のような自店払の小切手で振込依頼を受けたときは、通常、小切手を決済したのちに、電信振込金領収証を依頼者に交付していたが、当日は月末のため来客が多く非常に混雑していたので、このような手続をとるには約三〇分から四〇分を要する状況にあった。そこで、安藤は、上条に対し、大体四〇分くらいかかる旨を答えたところ、上条は、電車の時間があるので急いでくれないかと言ったので、安藤は、小切手(一)を決済することなしに、単に同小切手を預ったことを証する趣旨で、電信振込金領収証を上条に交付した。

被告の電信振込金領収証には「決済未確認小切手等」という欄があって、決済が確認されない小切手の金額等を記載ようになっており、その下には、「上記の小切手等が不渡りとなったときは、その金額の振込を取消し、小切手等は権利保全の手続をしないで、当店において返却します。」と記載されていたが、安藤は、上条に交付した電信振込金領収証のこの欄には何らの記載もしなかった。しかし、この欄は、自店払以外の小切手等による振込依頼の際に記載されることになっていた欄であった。

2  右の約三〇分後、原告の社員である山本広躬(以下「山本」という。)は、小切手(二)を持って、被告田町支店へ赴き、窓口の前で案内を行っていた被告の社員に対し、電信振込依頼書と右小切手を渡して、請求原因1の(三)記載の電信振込を依頼した。この社員は、安藤に、右電信振込依頼書と小切手(二)を渡して、急いでいらっしゃるお客様だから早くしてあげてくれと言ったが、安藤は、非常に混雑している状況で山本の振込依頼だけを優先するわけにはいかないと考え、通常の手続に従って、右電信振込依頼書と小切手(二)を後ろにいる記帳方の高橋恵美子(以下「高橋」という。)に渡した。

ところが、山本は、窓口のすぐ近くで立って待っていたので、安藤は見かねて、高橋に、山本の振込依頼を早くしてあげてほしいと声をかけた。そこで、高橋は山本の振込依頼の処理を始めたが、小切手(二)に裏書がなく、電信振込依頼書にも不備な点があったので、安藤を通じてこれらを補充訂正するよう求め、山本が補充訂正した後、小切手(二)を決済することなく、単に同小切手を預ったことを証する趣旨で、電信振込金領収証を安藤を通じて山本に交付した。この電信振込金領収証の「決済未確認小切手等」の欄にも何ら記載はされなかった。

3  高橋は、右2記載の電信振込依頼書と小切手(二)を、同支店の営業課長であった荒木幸雄(以下「荒木」という。)に渡し、荒木は、当座預金係に小切手(二)の決済を指示した。ところが、当座預金係の社員が右小切手を決済しようとしたところ、資金不足でこれを決済することができなかった。そこで荒木は、窓口係の社員に、他に伊藤嘉物産株式会社振出の小切手による振込の依頼がなかったか尋ねた。すると安藤が右1記載の電信振込依頼のあったことを告げた。

4  荒木は、同支店の貸付係長であった鈴木に対し伊藤嘉物産株式会社に同日入金の予定があるかどうか照会するよう指示した。鈴木が、伊藤嘉物産株式会社の担当者に会って話を聞くなどしたところ、同社は、結局、小切手(一)(二)が不渡になってもやむをえない旨を回答した。そこで被告は小切手(一)(二)を不渡にした。

二  右一で認定した事実に基づき、原告の請求の当否について判断する。

原告は、まず、被告の社員は小切手(一)(二)の支払の可能性を確認し、その結果右各小切手はいずれもその振出人伊藤嘉物産株式会社の当座預金から引落しのできる支払可能のものであることを認め、これを現金とみなした旨を主張する。しかし、前記認定のとおり、被告の社員は、小切手(一)(二)を持参した原告の社員両名が「電車の時間に間に合わないから」等といって急がせたために、右各小切手の支払の可能性を確認することなく本件電信振込金領収証を交付したものであって、もとより小切手(一)(二)を現金とみなしたものでないことは明らかというべきであるから、原告の右主張は理由がないものというべきである。

この点について、原告は、被告の社員は小切手(一)(二)を現金として受領した旨の電信振込金領収証を交付したから、被告は右各小切手を現金とみなしたものであると主張する。確かに、前記認定のとおり、被告の社員が交付した電信振込金領収証の「決済未確認小切手等」の欄にはなんらの記載はなかったことが認められるが、しかし、右の「決済未確認小切手等」の欄に記載がないからといって直ちに、原告主張のような趣旨の電信振込金領収証になるということができないのみならず、もともとこの欄は、前記認定のとおり、自店払以外の小切手等による振込依頼の際に記載される欄であって、本件のような自店払の小切手による振込依頼の場合に記載される欄ではないのであるから、この欄に記載がないことをもって被告の社員が原告主張のような趣旨の電信振込金領収証を交付したものとすることはできない。

また、原告は、小切手(一)(二)の振出人である伊藤嘉物産株式会社の当座預金に右各小切手の支払資金がなかったとしても、被告はその裁量により支払資金を超えて右各小切手の支払をしたものであり、被告のしたこの小切手の見込み払いは撤回することができず、仮に撤回しても善意の第三者である原告に対抗できない旨を主張する。しかし、被告の社員は、前記のとおり、小切手(一)(二)を持参した原告の社員両名が処理を急がせたために、右各小切手の支払の可能性を確認することなく本件電信振込金領収証を交付したものであって、被告においてその裁量により支払資金を超えて小切手(一)(二)の支払をしたものではなく、また、被告において右各小切手の見込み払いをしたものでもないというべきであるから、原告の右主張も理由がないといわなければならない。

そうすると、結局、被告は原告から単に小切手による振込依頼を受けたにすぎず、被告には現金で振込依頼を受けたのと同様の取扱いをしなければならない義務はないものというべきであり、小切手(一)(二)が不渡になった以上、原告から依頼された振込送金をする義務はなく、被告は原告に対し契約解除に基づく原状回復として金一八〇〇万円を支払うべき義務を負うことはないといわなければならない。

なお、原告は、被告の社員が小切手(一)(二)の支払の可能性を確認していないとすれば、被告の社員は右各小切手の支払の可能性を確認していないにもかかわらず、それが支払われることを確認した旨の電信振込金領収証を交付するという不法行為を行った旨を主張するが、被告の社員が小切手(一)(二)が支払われることを確認した旨の電信振込金領収証を交付したものと認めることができないことは、前記のとおりであるから、原告の右主張はその前提を欠き失当であり、被告は原告に対し不法行為に基づく損害賠償として金一八〇〇万円を支払うべき義務を負うこともないというべきである。

三  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 岩田嘉彦 森義之)

<以下省略>

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